「バーチャルプロダクションは、まるでタイムマシン」、「美術のDX化」
―先進的な取組を行う企業やクリエイターが一堂に会し、VPの最新事例と未来像を共有し、多様な視点が交差した2日間
国内外の企業やクリエイターが集まり、バーチャルプロダクション(以下VP)の最新事例や実績・現場の知見を共有し、業界動向の把握とネットワーク形成支援の場を提供する「Virtual Production Boost 2025」(実行委員会:ソニーグループ/角川大映スタジオ)。
DAY1の11月13日には、ソニーPCL本社においてNHK、サイバーエージェント、松竹などVPの先進的な取り組みを行う国内外の企業やクリエイター、およびソニーの最新のVP向け技術を活用した映像制作事例などのセミナーを開催し、DAY2の11月15日には、角川大映スタジオにてNHK 2025年度前期 連続テレビ小説「あんぱん」の制作スタッフによるVPワークショップを開催。2日間でのべ200人以上のクリエイターが参加し、VPを活用した映像業界の未来を語り合いました。
「Virtual Production Boost 2025」開催背景
LEDを活用したVPは、いまや映像制作の現場で広く活用されており、もはや一部の先進企業だけのものではありません。本イベントはこの動きをさらに加速させるため、ソニーグループ株式会社と株式会社KADOKAWAの資本業務提携後の協業活動のひとつとして開催されました。
【DAY1】11月13日セミナー
開幕となったDAY1では合計9セッションが繰り広げられ、映画会社から放送局、撮影スタジオから撮影技術会社まで幅広くVP技術が浸透している状況がうかがえました。
VPスタジオ Overview
最初のROUNDのテーマは「国内バーチャルプロダクションスタジオの今」。角川大映スタジオ スタジオセンター担当取締役の小林壯右氏は、国内11拠点のVPスタジオが一挙に集結した「VP座談会」の概要を共有しました。
最近では、映画、広告、MVなど多様な領域においてVPが活用されており、大規模から小規模、都心から地方まで、スタジオがそれぞれの強みを活かしながら進化しているといった良い面から、人材開発や育成といった現状の課題まで、座談会のディスカッションの中で得られた知見を紹介しました。それらを元に、VP業界の段階的な発展を3つのフェーズで示唆し、フェーズ1では「技術の連携」や「人材交流」、フェーズ2では「ポータルサイトをハブにスペックや価格の可視化」、「アセットライブラリ連携」などの構想を発表。フェーズ3では「VP技術に特化したアワード」や「スペシャリスト育成」、「公的機関の支援を活かした後輩の育成」など、VP市場の確固たる成長を見据えた展望を紹介しました。最後に「スタジオ間のつながりから新たなクリエイティブが生まれていく」と、その期待を込めてセッションを締めくくりました。座談会の詳細レポートについては当WEBサイトにて後日公開する予定です。
Digi-Cast HANEDA STUDIOってなに?
続いて、世界最大規模のデジタル統合スタジオ「Digi-Cast HANEDA STUDIO」を建設中のクレッセント代表取締役の小谷創氏は同スタジオのコンセプトとテクノロジーを駆使したスタジオスペックを紹介。
「美術をDXするのがVP」との考えのもと、ボリュメトリックキャプチャ技術やフォトグラメトリ撮影技術、モーションキャプチャ技術、GIS撮影技術など同社が手掛けるテクノロジーソリューションを統合したコンセプト“Populate the scene”を発表しました。
台湾のAUO社と開発した幅40m以上、2000NITSの巨大なLEDスクリーンを擁するVPスタジオ、VICON社製の約100台ものカメラを取り入れたモーションキャプチャスタジオ、独自開発したスクリーンプロセス用22Kメディアサーバーなど、建設中の写真を交えながら「Digi-Cast HANEDA STUDIO」のスタジオスペックを紹介しました。
サイバーエージェント流 品質と生産性を両立したバーチャルプロダクション運用法
3番目に登壇したインターネット広告のリーディングカンパニーである株式会社サイバーエージェントは、AIを活用したVPの先端表現に取り組んでいます。
株式会社Cyber AI Productionsでプロデューサーを務める下平優 氏は「VPは短期間かつ同じ費用感で複数のクリエイティブ制作が可能なため、デジタルマーケティングの中で広告効果の高いクリエイティブを制作し続けるために必要な撮影手法である」と述べ、AIを駆使した最新事例と共に、同社の生産性とクオリティを両立するための制作体制とワークフローを紹介。
同社でCGディレクターを務める中澤勤 氏は「AIを積極的にクリエイティブに取り入れることで、CGアーティストの役割は “作る人” から “提案する人” へ向かう」と定義しました。
次のROUNDでは「国内外放送局のバーチャルプロダクション活用」をテーマにソニー、フジテレビ、NHKが登壇。
バーチャルプロダクションに向けたソニーの最新テクノロジーおよび事例紹介
- ドイツ放送局でのマルチカメラライブスイッチング、トータルテクノロジーによる映像制作事例
はじめにソニーのニューコンテンツクリエイション事業部 VPテクノロジー&サービス事業部門 事業部門長・野村泰晴氏が、バーチャルプロダクションに向けたソニーの最新テクノロジーと事例を紹介しました。
「クリエイターの創造性をけん引するクリエイティブツールとテクノロジーの拡大」を目指す同社は、VP制作を支える最新ツールやテクノロジーを今冬リリース予定です。
また、海外でのIn-Camera VFXにおけるマルチカメラライブスイッチングを活用したライブ配信事例や、ソニーのシネマカメラ、カメラトラッキング、Crystal LEDなど最新技術による映像制作の実例を解説しました。
民放にバーチャルプロダクションがあると、こう使う!?~フジテレビVP活用の記録~
VPスタジオの試験導入を進めるフジテレビからは、同社で次世代番組制作検討プロジェクトの主査を務める前田佑太氏が「民放にバーチャルプロダクションがあると、こう使う!?~フジテレビVP活用の記録~」をテーマに登壇。
物価高の影響や働き方改革、サステナビリティなどに配慮した撮影の必要性を感じていた同社は、CG/バーチャル技術やAIの発展がVPスタジオ導入の後押しになったと説明しました。
Unreal Engineを扱える人材育成やVP撮影環境の整備を目指しながら、はじめにグリーンバックの撮影からVP撮影に着手し、その後ソニーPCLが提供するVPレンタルサービスを導入を経て本格的な運用がスタートしました。
「波うららかに、めおと日和」、「ナイナイミュージック」などの番組での活用事例に加え、記者発表イベントでの運用事例も紹介し、民放でのVP導入メリットとして「低予算番組でも利用可能」、「制作陣のイマジネーションが広がる」「演者の拘束時間削減」を挙げ、セッションを締めくくりました。
大河ドラマにおけるVP導入の展望
続くセッションではNHK映像デザイン部 部長の山田崇臣 氏が、同社で初めて本格的にVP撮影を導入した作品「どうする家康」の事例を中心に紹介。
戦国時代の時代劇ではお馴染みの合戦シーンでは、リアルロケーションでの撮影の場合200~300人のエキストラが必要になるところ、本作ではVPを活用することで50~60人のエキストラと背景アセットに数千人のデジタルエキストラを配置して撮影。通常1か月はかかる撮影をたった数日で完了させ、持続可能な制作体制が実現されたと説明しました。
また、作中の代表的なロケーションである岡崎、甲斐、駿府、尾張をイメージしたデザインコンセプトを紹介し、各ロケーションをVPでどう再現したのか、背景アセットの特徴を踏まえながら解説しました。
「ずっと晴れることはない」、「烏が常に飛んでいる」という尾張の舞台設定を引き合いに、「エンタテインメント性の高いロケーションを想定した場合、リアルだと撮影できないためこれまでだとポストプロダクションに多くの時間を割いていたところ、背景アセット化することで自由度の高い撮影が実現した。」と語りました。
最後にVP導入による効果として「大量の出演者配置が可能」、「早朝や夜など時間帯に関わらず撮影できる」、「制作期間中における有効収録日数が増えた」など本作の制作を通じて得られた知見を紹介しました。
DAY1の締めくくりとなる最後のROUNDでは「バーチャルプロダクション技術の最新活用事例」をテーマに、IMAGICAエンタテインメントメディアサービス、映像作家の林響太朗氏、松竹が映画やMVなど多様なジャンルでのVP活用について発表しました。
バーチャルプロダクション撮影でのカラーマネージメント技術の取り組み
2001年から独自のカラーマネージメントシステム(以下CMS)に取り組むIMAGICAエンタテインメントメディアサービスからは、同社でバーチャルプロダクションスーパーバイザーを務める酒井教援氏が登壇。肉眼で見たときとモニターを通じて見たときのLEDの色差、LEDウォールの光源を受けた被写体は全体的に鮮やかな方向に色が転んでしまう、といったVP撮影で起こりがちな「色転び問題」について言及しました。
その色転び問題の解決法として、同社が開発した独自のCMSを通じた映像品質向上のポイントを紹介しました。
さらに、同社ではカラーマネージメントを行うスタッフがVP撮影スタジオに立ち合い、LEDウォールの色補正や撮影時のオンセットグレーディングを行うことで、撮影時間の効率化に取り組んでいます。
林響太朗×Vehicle Shooting「Anemoi」 制作の裏側
続くセッションでは、11月11日に公開されたばかりのソニーPCLのオリジナルコンテンツ「Anemoi」の制作を手掛けた映像ディレクターの林響太朗氏、制作プロデューサーを務めた東北新社の山岡元輝氏、VPスーパーバイザーを務めたソニーPCLの鈴木健太氏が登壇。
VPを活用した自動車シーンの撮影の可能性をさらに追求するために制作された本作において、林氏は企画を考える上で「LEDと感じさせないような自然な画作りを意識した」と紹介。
「VPを活用した走行シーンでは珍しい車線変更のシーンでは、カメラワークを想定しながら背景アセット撮影時も車線変更して撮影に臨んだ」、「雨のシーンはリアルロケとVP撮影のシーンをあえて交互に編集してみたものの、自分たちも違いが分からないものに仕上がった」など、VP撮影では難易度の高い数々のシーンをどうやってVPで実現させていったのか、クリエイティブと技術の融合による制作舞台裏を語りました。
映画『TOKYOタクシー』におけるバーチャルプロダクション
最後のセッションでは、山田洋二監督による映画「TOKYOタクシー」における、山田組として初めてとなるVP撮影の裏側に焦点を当てました。
松竹の石塚慶生プロデューサーと東映株式会社 東京撮影所バーチャルプロダクション部樋口 純一プロデューサーは、山田洋二監督が初めて東映の大泉スタジオでの撮影が敢行された経緯を紹介。約三分の一が車の走行シーンを占める本作において、270°のラウンド型の形状と天井LEDによる反射表現の幅広さが自動車撮影シーンに適合したと説明しました。
カメラマンの近森眞史氏は、狭い道での背景撮影の難易度や揺れ防止策の重要性に触れながら、「VPだからこそ数多くの走行シーンの撮影が実現した」と語りました。
スタジオ内でのVP撮影においては、倍賞千恵子と木村拓哉の両名によるタクシー車中での会話劇の撮影において、山田洋二監督が真横で演出を行っている様子が紹介されました。石塚氏は撮影時を回想し「リアルロケ―ションだと難しい演者と監督の密接なコミュニケーションを行いながらリハーサルを何度も重ね、良い作品づくりに取り組むことができた」とVP撮影によるメリットを紹介しました。
【DAY2】ワークショップ
角川大映スタジオ「シー・インフィニティ」 で行われた 「VP Boost 2025」DAY2ワークショップでは、NHK 2025年度前期 連続テレビ小説「あんぱん」のVP撮影シーンを参考に、今回のワークショップ用に一部セットを再現。
角川大映スタジオでは、国内で唯一、撮影所内に自社美術部を内包しており、この日も自社美術によるリアルなセットと、VPを組み合わせた撮影環境を準備し、自由度とクオリティの高い表現が可能になりました。
大河ドラマなどを中心にVP活用をいち早く進めてきたNHKは「あんぱん」において、描きたい映像シーンの美術デザインを起点に、リアル美術セットとバーチャル美術CGをどのように設計・制作したのか、LEDを背景にどのような撮影・照明で画作りをしたか―。最新の映像制作技術の実践例として、制作スタッフがリアル×バーチャルの融合の裏側を解説しました。
制作プロデューサーの中村周祐氏は、「時間帯・天候に左右されない収録のメリットや、今後他の作品での発展性を考慮し『戦争エピソード』でVPを導入した。VPの経験がなく懐疑的なスタッフもいたが、各部で擦り合わせて挑戦した結果、良い画づくりができた。出演者から、目の前に光景が広がることで芝居がしやすかったとの声もいただいた」と紹介しました。
美術デザイナーの伊達美貴子氏は「従来のロケとVFXの方法で検討した際に安全性が担保できる良いロケ地が見つからず、番組の体力とスケジュールを見合わせるとVPの特性を最大限に活かせる場面が『焼野原シーン』だったのでこの手法を選びました」とシーン選定に至る経緯を説明しました。
「焼野原シーン」では、NHKが制作したポスプロ用のCGアセットを素材に、ソニー独自の3DCG生成技術を応用してVP用の背景アセットが制作されています。同局のCG/VFXチーフエンジニアである井藤良幸氏は「VPは費用対効果を最大化することが究極目標である」と語り、本技術を採用した経緯を説明。「既存アセットから高精度モデルを生成し、Unreal Engine向けに最適化することで、従来の変換作業やレンダリング負荷を大幅に削減し、フォトリアルな質感を維持しながら制作時間とコストを抑えられる点が魅力的でした。」と述べました。
次に、空間演出の工夫について伊達氏は「奥行きやレイヤー構造を設け、リアルとバーチャルのなじみを高めることが重要である」と語りました。近景は3D、中景は2.5D、遠景はマットペイントを組み合わせるなど、視差を生む構成にすることで自然な映像表現を追求しています。
同局のテクニカルディレクターの久野裕大氏はVP撮影で必要不可欠な技術連携について説明。「色温度や照明設計を事前に共有するなど、リアルとアンリアルを馴染ませるためには、照明技師との連携が不可欠である」と述べ、キャストを待たせないための準備から影の処理まで現場での細やかな工夫を紹介しました。「あんぱん」の撮影ではLED特有の課題を克服するため、黒幕による遮光やLEDウォールとの適度な距離感などを考慮して事前準備されています。
最後に中村氏は「VPはどこでもドア、タイムマシンのように映像制作の可能性を広げる技術です。5年後、10年後の進化が楽しみです」と締めくくり、今後の発展に大きな期待を寄せました。
「VPは美術のDX化」、「VPはタイムマシン」、「VPは光」など多彩な視点が交差した2日間。DAY1,DAY2のアーカイブ動画は、当WEBサイトのこちらのページに公開されています。